ケン・グリフィーが引退

2010年 6月 3日 12:37 by 多々野親父

間違いなく90年代を代表する選手であったグリフィー。怪我がなければ、どれほどの成績を残したのであろうか。 - Credit: Flickr user Keith Allison (licensed under Creative Commons))

間違いなく90年代を代表する選手であったグリフィー。怪我がなければ、どれほどの成績を残したのであろうか。 - Credit: Flickr user Keith Allison (licensed under Creative Commons))

マリナーズのケン・グリフィー・ジュニアが現役を引退することを、6月2日の対ツインズ戦開始前にドン・ワカマツ監督が明かしている。

グリフィーは声明の中で「まだグラウンドに出てチームに貢献できると感じているし、マリナーズのフロントには引退するよう告げる者はいなかった。彼らとは2009年のシーズンが始まる前に会い、自分をマリナーズへ呼び戻してくれた。だが今、プレイに集中できなくなった自分を許すことは決してできない。試合中、時々ベンチの外へ出てプレイしている皆を騙すようなことをし始める自分を、選手足り得ないと思っている。注意力を失った自分がチームに存在し続けることはチームメイトにとってはもちろん、彼らが目指す究極のゴールへ辿り着くことに対しても、不当なことだろう」と引退に至った理由を述べている。

グリフィーにとって最後の打席となったのは5月31日の対ツインズ戦の9回に告げられた代打でのものだった。3-5の場面から1点を挙げて追い上げる体勢に入ったマリナーズは、1死1塁のチャンスをグリフィーに託して逆転の一打を期待したが、彼は内野ゴロに倒れチームも敗れている。この打席はグリフィーにとって5月23日の対パドレス戦以来1週間ぶりに巡ってきた機会だったが、この期間に現役引退へ至る心境の変化が彼の中にあったのかもしれない。

グリフィーは元レッズやヤンキースのケン・グリフィー・シニアを父親に持ち、1987年のドラフトで「いの一番」に指名を受けてマリナーズと契約、1989年にはメジャー昇格を果たして16本塁打、61打点をマークしている。

翌1990年のシーズン中に父親がレッズから移籍し、1991年まで親子が同じユニフォームを着てプレイすることが話題になり、1990年のオフに行われた日米野球にも2人が揃って参戦したため、日本のファンからも大いに注目を集めている。1999年までマリナーズ打線の中核として打棒を爆発させ、本塁打王4回、打点王1回を獲得、走攻守全てでハイレベルなプレイを披露し、その活躍には史上最高のプレイヤーの名を贈る者も現れるほどだった。

しかし2000年にレッズへ移籍した以降は怪我との戦いが始まり、結局このチームでの8年半では一度もタイトルを獲得することができず、2008年のシーズン中にホワイトソックスへトレード、翌年から古巣マリナーズに戻りプレイを続けていた。

今季のグリフィーは、打率.194、0本塁打、7打点と極度の不振に喘いでいただけでなく、スタメンから外れていた彼がベンチの外で居眠りをしていたことも報じられるなど、チームに対してマイナス面ばかりが目立つ状況となっていた。

引退説も浮上し、一度はそれを否定したグリフィーだったが、遂に自らの引き際を明かす決心を下したことになる。メジャー22年間の通算成績は打率.284、630本塁打、1836打点だった。

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