【メジャー雑記帖】ガララーガの悲劇が、メジャーに新しい時代をもたらすように

2010年 6月 5日 02:38 by 多々野親父

今回の騒動でも明らかになったが、素顔のガララーガは笑顔の絶えないナイスガイだ - Credit: Flickr user femaletrumpet02 (licensed under Creative Commons))

今回の騒動でも明らかになったが、素顔のガララーガは笑顔の絶えないナイスガイだ - Credit: Flickr user femaletrumpet02 (licensed under Creative Commons))

2010年6月2日の対インディアンス戦に先発したタイガースのアーマンド・ガララーガ、きっと野球ファンはこれから何年もの間このフレーズを目にし、耳にするたびに試合最終盤に起きた事件を思い出すことでしょう。

記録の上ではメジャー4年目を迎えた彼がようやく完投勝利をものにし、しかもそれが1安打完封だったとのみ記されるであろうその一行に隠された「誤審による完全試合未遂」という事実は、多くの人の記憶に刻み込まれていくのですから。

問題の試合を振り返りましょう。
9回裏2死の場面で打席に入ったジェイソン・ドナルドの打球は1・2塁間へと転がっていきます。これをミゲル・カブレラがフットワークよくさばき、ボールをベースカバーへと走るガララーガへ送ります。
彼はやや慎重な空気を漂わせながらこれを捕球し、まだ自分の後ろにいるドナルドの気配を感じながら一塁キャンバスを確かめるように右足で踏みしめます。そしてその時、まだドナルの身体は空中にありました。

あまりにもありふれたプレイ、そしてあまりにもシンプルなアウトのタイミング、今まで何度も繰り返されてきたその光景は、この時だけ大きな意味を持っていました。何故ならそれは、メジャー21回目の完全試合が達成された瞬間だったからです。偉業を成し遂げた満足感に浸ろうとするガララーガの表情は緩みます、しかしそれは一塁塁審のジム・ジョイスが判定を口にした言葉を聞くまでの刹那でした。

「セーフ!」

ガララーガは苦笑するしかありませんでした。彼が一塁ベースを踏んだ瞬間ガッツポーズを見せたカブレラは、振り下ろした腕をそのまま自分の頭へ運び、何が起きたのかを必死に理解しようとしています。
ブレンナン・ボウシュも頭を抱えながら呆然とした表情で事の成り行きを見守ります。そしてジム・リーランド監督がダグアウトから出て抗議を始めます。

「ジム・リーランドがやってきます」
(リプレイ開始)
「・・・なんということでしょう。ジム・ジョイス、一塁はセーフ、そう判定しましたが・・・、カブレラからガララーガへ・・・、ベースを踏んで」
「アウトだよ、なんでセーフなんだよ」
「しっかりベースを踏んでいなければなりません」
「ふざけてるのか?なんでセーフなんだよ」
「ほら、見てみましょう」
「う・・・、なんでセーフなんだよ」
「ああ・・、なんということだ!」
「なんてことだよ!ジム・ジョイス、そりゃないよ・・・」
実況も呆れて同じ言葉を繰り返すほどの明らかな誤審、観客もブーイングを挙げますが判定は覆りません。

試合は続きます。ベースカバーを全くしないタイガース内野陣を見てドナルドは3塁まで進みます。点差は3点、本来なら地元タイガースがピンチに立ったことに反応するはずのファンは、ただ不満を込めたうめき声を挙げるのみ。

緊張の糸が切れた後の虚脱感、完全試合をこの目にできる期待が爆発することなくただしぼんでいく虚無感、不可解な判定への怒りと当惑、そして人々の口から放たれた数え切れないほどの何故の声、そんなものたちがうねりのようにグランウンドを包みます。しかしガララーガは、その異様な空気を振り払うように続くトレバー・クロウをサードフライに打ち取り、試合終了を迎えます。

ガララーガは「ショックだった。リプレイを20回くらい見たよ。どんな投手だろうと、どんなリーグであろうと、あのプレイは完全なアウトだった。なのにセーフだなんて。悲しかったが、しかし自分ではどうすることもできないんだ」と試合後コメントを残しています。

それにも関わらず彼は、ジョイスへの恨み言や批判を口にすることはありませんでした。
ファンは、こう思ったに違いありません。
”審判たちは、またミスを認めようともせず明日の試合もコールをするんだろう、毎度のように”と。

でも、今回ばかりは違いました。
当のジョイスが「あの時点では本当にセーフだと思った。自分の審判人生における最も重要な場面で、自分はただ叩きのめされた。完全試合を(自分の判定で)パァにしてしまったんだ・・・」と誤審を認めるコメントを出したのです。

しかも彼は直接ガララーガのもとへと足を運び、彼に謝罪をしました。そしてガララーガはジョイスと抱き合い、彼のミスを許しました。ガララーガは「こんな風に謝ってくれるなんてすごい。そうそうあることじゃないよね。彼は本当に気の毒に見えたよ」と語り、ジョイスも「どんなに非難の声を浴びせられてもおかしくなかったのに、ガララーガは一言たりともそんなことを口にはしなかった」と彼へ感謝の言葉を残しています。

今回の出来事は、今後のメジャーへ大きな課題を与えたと言えるでしょう。
審判はグラウンドにおいて絶対的な存在である、野球の根幹はこの言葉に集約されます。そしてその根拠は、最も近い場所でプレイを見ている、それゆえ誰よりも正しい判定ができる、というものです。

しかし、ガララーガのプレイでは最も近い場所にいたジョイスだけが選手や観客と違うものを見てしまいました。もちろんそこには、完全試合を裁くことへのプレッシャーもあったのでしょう。もしかしたら彼は、一塁へ走りこんでくるガララーガとドナルドを見ながら足を震わせていたのかもしれないのです。

メジャーでの審判歴22年目の彼であっても、こうした特別な試合にだけは過去の経験が何かの役に立ったとは思えません。ガララーガは「完璧な人間などいないのだから」とジョイスをかばうコメントも残していますが、不完全な人間が審判を務めるからこそ、緊張は時にその動作や思考を狂わせます。ガララーガの言葉で全てを収めてしまうには、その代償はあまりに大きいと言えるでしょう。失ったものは、メジャーの歴史の中でたった20回しか実現していない完全試合だったのですから。

メジャーでは2008年の8月からビデオ判定を導入しています。しかしそれはホームランの場合に限るという条件付での運用となっています。その後、ビデオによる確認作業によって審判員が下した判定が覆った例は複数回起こっており、彼らの目が常に正しいわけではないことが証明されて今に至っています。

もちろん、線審を置かないメジャーの審判スタイルにとって塀際は彼らから最も遠い場所であることを思えば、これは致し方のないものでしょう。しかし過ちは過ちなのです。誤審も含めて野球なのだ、と考えるファンも少なからず存在します。そして過去には誤った判定により生み出されたドラマがいくつも起き、それはそのまま伝説として野球史を彩っていることも事実です。しかし今回のケースにおいて、判定には正しさが求められてしかるべきだという命題が突きつけられているのです。ジョイスが自らの過ちを認め、謝罪に走った意味を深く考える時が、まさに今なのです。

ゼネラル・モータースからガララーガに贈呈されたシボレー・コルベット - Credit: Flickr user femaletrumpet02 (licensed under Creative Commons))

ゼネラル・モータースからガララーガに贈呈されたシボレー・コルベット - Credit: Flickr user femaletrumpet02 (licensed under Creative Commons))

コミッショナーのバド・セリグには、こうした明かな誤審が起きてしまった時にもビデオを用い、正しい判定を導き出す制度を実行に移すよう望みます。ガララーガの悲劇を二度と繰り返さないことのみを主眼とし、審判員の存在を否定するものではないことを強調すれば、そこに至る道のりは決して厳しいものではないはずです。今から検討を始め、オールスター戦でその発表を行えば大きな反響を呼ぶことでしょう。

完全試合未遂を巡る騒動から一夜明けた6月3日、リーランド監督はジョイスがこの日の対インディアンス戦の球審を務めると知り、ガララーガに試合前のメンバー表提出を命じます。リーランドの思いは、2人に誤審によるわだかまりは存在しないことを形にしたいというものでした。ガララーガからメンバー表を手渡され、握手をかわしたジョイスは涙ぐみます。

もし誤審がなければ、この日2人がかわす言葉はジョイスからの完全試合達成を祝うものだったに違いありません。そして、2人の間で生まれた友情に似た感情は尊いものでもあります。しかし、本来ならば必要のなかったものであることを忘れてはならないはずです。

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